Copyright © ウチダ ケイスケ

コトノハ#12

January 30, 2019

ここのところ、篠山に行っても八百材舎の仕事に集中できません。

故に、事業を始めたは良いけど、販路開拓もスタッフへの仕事配分もままならない感じ。

まあ、地域おこし協力隊のコーディネート業務がどうしても篠山では中心になってしまうので、なかなか時間を割けずにいて、ちょっとイライラも募っちゃう。(自分に対してね)

 

そんな協力隊コーディネート業務も、今年度(あと2ヶ月)で終わるんだけど、ぶっちゃげ言うと、人の世話をするよりプレイヤーでいた方が合ってるんだな、と実感した2年間でした。

もちろん、協力隊の子達が成長するのを見るのは楽しいし、何と言っても彼らを通じて篠山の方々と広く知り合いにならせていただいたことは、自分にとってすごい収穫ではあるんですけどね。

 

自分がコーディネーターとして就任した時、正直彼らが何の活動をしていたのか、そもそも協力隊の採用制度がどのように運用されているのか、なんで「協力隊は何をしているのか分からない」といった声を地元の方々から聞き漏れていたのか、分からないことだらけでした。

その他にもいろいろ事情があったにせよ、最初の一年は既定路線をただ継承しただけでのコーディネーションだったような気がします。

ただ、このままだとやはりマズイと思ったので(税金使われてるしね)、2年目を迎えて自分なりに目標をもって取り組みました。

 

①協力隊の採用を含めた制度設計の確立(次へのステージに向けて)

②協力隊の活動内容の発信(地元から文句を言われないように)

③協力隊活動の自立(一人ひとりが自営業として自律)

 

篠山市の協力隊の場合、官学連携から始まった事業で、当初は学生隊員ばかりだったみたいで、コーディネーターも含めて「みんなで元気に仲良く盛り上げていこうぜ!」みたいな気概があったんだけど、自分が着任してからは市の姿勢(協力隊に対する期待)も変わりつつあって、移住・定住を含めた「起業支援」みたいな受け皿に制度自体がなってきたんだよね。

自分にとっては、そっちの方が必要だと感じていたので、コーディネーションするには良い環境だったと言えるんだけど、まあ、業務をこなしていくうちに「大学の研究員」として支援するのも限界があるよなー、とも思ったり。(自分はもともと個人事業者だったから、研究員とはちょっと違った立場のような気持ちだったけど)

今後、研究員が大学の研究者になったら、正直かなり無理なような気がします。

まあ、所詮制度なんてものは時代の変化に伴ってどんどん変わっていくものだから、今後の篠山での協力隊制度も世話をする人もアップグレードを絶えずしていくんだろうけど。

 

自分は、隊員一人ひとりを個人事業者として接したので、今までの歴代コーディネーターに比べて放任だったろうし、必要最小限のアドバイスしかしなかったし、仲良しさんとしても接しなかった。

一人で起業し、生きていくのは本当に大変なことなのよね。

だから、その覚悟と実感を持って活動して欲しかった。

 

Youtube での動画配信や、ホームページの設置、丹波新聞での定期連載(投稿は協力隊が持ち回りで)、採用を含めた制度の見直しと運用など、できることは結構全部やって大方目標も達成できたかな、という感じ。

おかげさまで、今の協力隊員は本当に自立した、立派な個人事業者になりつつあるんだよね。

今後、自分が八百材舎を本格的に運用した時に、一緒にコラボできたらこんな嬉しいことはないよね。

 

そんな日を夢見て、明日も朝4時半起きで7時から篠山で隊員たちと週一の定例MTG。

さすがに、この時期は朝がつらいよね〜。

 

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