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コトノハ#8

January 23, 2019

one of them にならないこと。

 

昨日、久しぶりにとある友人たちとご飯を食べました。

高校生の時からミドリカフェに通ってくれてたN君と、そのN君が去年入社した会社の上司Mさんは、自分も森関係の仕事でいろいろお世話になっている人。

いやー、感慨深かったですね。

高校生だったやんちゃな子が、今は自分と一緒に仕事をしている友人の会社に就職している。

時の流れを感じます。

 

入社一年目とあって、いろいろ悩みも多いみたいですね。

自分のやりたいことと、組織の一員としてやらないといけないこと。

そのバランスを取ること。

自分の場合、職人たち(造園の設計デザイナー)が集う組織にいたので、かなり個人プレー中心で動いていた記憶があるなー。

プロジェクトとしてチームで動いていた時もあるけど、基本最初から最後まで、役所との打ち合わせも含めて全てを一人の責任で請け負う。

大変だった時期には、公共事業ばっかり6案件同時進行なんてこともあったっけなー。

あれは一人でないと、逆に動けないと思うんだけど、それでもまあ、よくやったもんだ。

 

そんなこんなで、彼のような立場に身を置いたことがないので、なんともコメントしづらかったんだけど、自分とかの今の動きに関心があるらしく、彼曰く「社会からはみ出した感」のだそう 笑

 

いつからか、「one of them には、絶対になりたくない」というのがモットーとしてあって、高校生ぐらいの時からそれを意識し始めたような気がします。

小・中では、本当に周りに流されて生きていました。

まあ、社会というものに初めて身を置く期間なので、当たり前といえば当たり前なんだけど。

とりあえず、いじめられたりもしたり、いじめにも加わったし、都合のいいようによく嘘もついたし、挙げ句の果てに毎日が退屈すぎて退屈すぎて良からぬ事を妄想したり(行動は起こさない)。

とにかく、自分というものが全くなかった。

よく漫画の中の表現で、大衆が描かれる時に米粒みたいに頭の輪郭(といっても丸いだけの)が集まっただけの「ざわざわ」したやつみたいな。

 

ところが高校時代にアメリカに行って、いきなり「自己主張」を求められる環境に身を置かれた時のギャップったら凄かったです。

そのおかげで、いかに「one of them(ざわざわ)」がつまらく退屈なものか、そして自分が中心プレイヤーになることで世界が拓かれていくかを実感できたわけです。

その成れの果て、なんですね、今は。

 

大学時代の友人に言われた事を思い出しました。

「うっちーって、何万という大衆が集まっている前でボールを持ってて、そのボールをみんなが欲しがっているから投げたらいいだけなのに、わざと後ろ向いてボール持ったままその場から離れてくよね。そして、それでも追いかけてくる何人かを見て“ニヤッ”ってするタイプだよね。」

 

実にうまい事言うよね 笑。

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