Copyright © ウチダ ケイスケ

ただいま、おかえり。

February 4, 2017

 

あと2ヶ月足らずで、岡本にあったミドリカフェを閉じてから丸1年が経つわけだけど、未だにあの場所を懐かしく感じます。

ちょっとした半地下部分にカフェはあったのだけど、その窓から見える女子大生たちの足などを眺めて癒されていたのを本当に懐かしく思う - と言うのは冗談で、本当に特別な場所でした。

あそこは。

なんだろう。

周りの雰囲気というか、気の流れというか。

言葉では表現しきれない「何か」に守られていましたね、確実に。

今ミドリカフェがある場所とは、真反対の空気感(笑)。

 

で、最近(またかよ)その「場」のことについて、しばしば考えます。

考えても、すぐトイレットに排泄物を流してしまう様な感覚で、ついつい忘れがちになってしまうので、今回ここに書き留めておこうと思いました。

 

岡本のミドリカフェには、実にたくさんの人たちが集ってくれて、また旅立っていきました。

ええ、もちろん女子大生含め。

そして昨今、「場」についての議論が活発になっていますよね。

でもそういった議論の大半って、結構時代の流れを反映しているというか、その場しのぎ的というか、やった者勝ちというか。

本質的な部分は置いといて、まあ実に「場づくりのスター」みたいなのが日本にいっぱいいますね。

 

で、辞書的なもので「場」について調べてみると、

【場(ば)】物事が起こり進行している所や局面/物理量を持つものの存在が、その近傍・周囲に連続的に影響を与えること、あるいはその影響を受けている状態にある空間のこと

 

とか何かとてもややこしそうで、とっても他人(客観)的な解釈が多い。

辞書なんで仕方ないんだけどね。

 

で、で、漢字的な成り立ちを調べてみると結構面白い。

「場」という漢字の「土」は「土地の神を祀るための柱状に固めた土」の形象で、「昜」という漢字は「太陽が地上にあがる」形象だそう。

 

なんだか、岡本にあったミドリカフェを象徴している様な「感じ」がします。(漢字だけに)

六甲山の麓にあり、また寺社なども多く点在していて、豊かな緑も残っていて、常に暖かい日差しの中にいる。

そして、そこには僕と奥さんという神がいる。(うそ)

 

で、で、で、僕たちにとっての「場」って何だろう?と僕たちなりに考えた時、結局は

 

ただいま、おかえり。

いってきます、いってらっしゃい。

 

が交わされる場所が「場」なんだということに行き着くわけで、ミドリカフェはまさにそういう「場」だったんだよね。

だから、今でもすごい懐かしいし、愛おしいと思う。

 

今のミドリカフェは、オフィス機能としての「場所」であるため、なかなかそういった場面には出くわさなくなったけど、未だに学生だった女の子が自分の子供を連れて遊びに来たり、旅立った子たちが顔を覗かせに来てくれたりする。

これは本当に嬉しい事で、何ものにも代え難いし、本当にカフェという「場」をやってきて良かったと思える瞬間なのです。

 

今後、また何年後になるか分からないけど、そういった「場」を奥さんと復活させたいな。

だから、形は違えど「ハーゼ イコーゼ」みたいなイベントは、今後も定期的に開催したいと思う。

 

なので、ミドリカフェに遊びに来る時は、ぜひ「ただいま」と言ってくださいねぇ。

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